東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)32号 判決
原告
長倉製薬株式会社
右代表取締役
長倉吉宏
右訴訟代理人弁護士
密門光昭
同 弁理士
渡辺昇一郎
被告
イスクラ産業株式会社
右代表取締役
岩崎一郎
右訴訟代理人弁理士
坪井秋朔
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実・理由
第一当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四八年一二月六日同庁昭和四二年審判第八三二五号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決をもとめ、被告訴訟代理人は主文同旨の判決をもとめた。
第二争いない事実
一 特許庁における手続の経緯
原告は登録第六八五一六〇号商標(以下「本件登録商標」という。)の商標権者である。本件登録商標は別紙の構成からなり、指定商品を第一類化学品、薬剤、医療補助品として昭和三九年四月二三日登録出願され、同四〇年九月七日に登録された。被告は同四二年一一月二二日原告を被請求人として本件登録商標につき登録無効の審判を請求し、同年審判第八三二五号事件として審理されたが、同四八年一二月六日「本件登録商標の登録を無効とする。」旨の審決があり、その謄本は同四九年二月四日原告に送達された。なお原告は本件登録商標の指定商品を、鹿茸を主剤とする薬剤に限定し、他の指定商品について放棄し、その旨同四九年一二月二三日登録された。
二 審決理由の要点
本件登録商標の構成は、別紙のとおり、「鹿茸精」の漢字を楷書体で縦書きし、その右側に「ろくじようせい」の仮名文字を振り仮名したもので、第一類化学品、薬剤、医療補助品を指定商品とするものである。
ところでこの構成文字中「鹿茸」は、毎年生え変る鹿の肉づのをかげ乾しにしたもので強壮薬として用いられる薬品名であり、また「精」は、抽出物またはエキスを意味するものとして一般に使用されている文字である。したがつて、これを結合して「鹿茸精」と表示しこれに振り仮名を加えた本件登録商標は、指定商品中鹿の角から有効成分を抽出した生薬である鹿茸に使用すると、商品の品質を表示したにとどまり、自他商品を識別する標識としての機能をそなえないといわねばならない。
またこれを薬剤としての用途を同じくする上記商品以外の薬剤に使用すると商品の品質につき誤認を生ずるおそれがある。
なお本件登録商標の出願当時、商品漢方薬に附した鹿茸精という商標が取引者または需要者間に広く認識され、周知で著名であつたとも認められない。
そうすると本件登録商標は、その指定商品中鹿茸精から成る生薬については商標法第三条第一項第三号に、またそれ以外の薬剤については同法第四条第一項第一六号に、それぞれ違反しているから、同法第四六条第一項の規定により、無効としなければならない。〈中略〉
第五裁判所の判断
一商標法第三条第一項第三号および第四条第一項第一六号該当について
本件登録商標を構成する鹿茸の文字が、鹿の肉角をかげ乾しにしたもので強壮薬として一般に使用されている漢方薬名であることは、争いがない。また、〈証拠〉ならびに弁論の全趣旨によれば、鹿茸はその成分単独の使用にかぎられず、ひろく一般の漢方薬に調合される成分としても古来から使用され、また漢方薬に関する典藉に薬名としてながく記載されてきた普通に用いられる薬品名で、現在日常ではそれ以外に使用しない普通名詞であることが認められる。
また精の文字が抽出物またはエキスを意味するものとして一般に使用されていることは、争いがなく、〈証拠〉の各例に示されているような、薬剤の原材料ともなるがそれ以外の意味でも使用されている物品の普通名詞の語尾に附したものに比して、本件登録商標のような現在薬品名としてしか使用しない普通名詞の語尾に附するときは、なおさら抽出物またはエキスもしくはその純良・純粋なものとして観念づけるものであるといわざるを得ない。原告は本件登録商標を構成する精は精力増強剤の精をとつたものであると主張するが、精に精気・精力の語義があること、原告が商標を構成・使用するにいたる発想の根拠・出所または動機のいかんにかかわらず、本件のような語尾に附した構成のうちにおいては、原告の主張するような語意として精を取引者・需要者間に印象づけ観念づけることは難いといわねばならない。
そうすると、このような意味をもつ文字を重ねて鹿茸精と表示し、これら文字の称呼を右側に振り仮名して構成する本件登録商標は、鹿の角から有効成分を抽出または精製した薬剤としての観念を想起させ、これを指定商品中、鹿茸のみを成分とする薬剤に使用するときには、まさに商品の品質を表示したにとどまり、自他商品の識別機能に欠けるものといわねばならない。またこれを指定商品鹿茸を主成分とし、他の薬剤を混合するものに使用するときには、商品の品質を表示したにとどまるか、または商品の品質につき誤認を生ずるおそれがあるものと認められる。
従つてこの点に関する審決の判断は相当である。
二長年使用による周知について
〈証拠〉を総合すると、つぎのような事実が認められる。
(1) 原告は昭和三六年はじめ頃から鹿茸のアルコールエキスからなる紙箱入薬剤(五〇CC入)を二か月に六千本位の割合で中国より輸入して国内に販売しはじめ、当初そのままで販売することもあつたが、鹿茸精の商標を思いつき、鹿茸精の文字を横書してその下部に「ろくじようせい」と振仮名したラベルを印刷して一面に貼りつけ、後には紙箱二面に直接これを印刷して売りさばいて今日に及んでおり、輸入品のほかには鹿茸精なる標識を使用していない。なお販売商品の紙箱には、いずれも松樹を図案化した中国における製造元または販売元の商標が三面に印刷されている。
(2) 原告は昭和三九年四月頃から関西方面発行の各大手新聞、スポーツ紙、業界紙を主として関東発行の新聞、週刊紙にもおよぶ広告掲載などを媒体として原告の販売商品として前記輸入商品の宣伝を行い、鹿茸精の標識を使用してきた。
(3) 原告は前記輸入商品を昭和三八年三月頃から大阪北逓信病院に見本として呈示して患者に試用させ、また同四一年六月以降は株式会社内田商品大阪出張所、玉置薬業株式会社大阪支店、横内製薬株式会社、豊田薬品株式会社、株式会社三共ファーマシー大阪支店、近鉄百貨店薬品売場、日本薬局共栄会など全国的な販売網、チェーンにつながりのある卸商をも通じて販売して、鹿茸精の標識を使用してきた。
以上の各事実を検討してみると、(イ)、前項認定のとおり、鹿茸精が、これを標識として原告が使用してきた商品である輸入薬剤の品質そのものを表示する文字であるところから、中国から印刷されてきた商標の存在のもとで、原告の業務にかかる商品の標識として当初から取引者・需要者一般に印象づけられていたかどうか疑わしいこと、(ロ)、商品の販売数量またその薬剤の用途の特殊性から巷間の一般薬局で随所に市販する薬品として普及しているものとまでは認めがたいこと、(ハ)、輸入商品の販売についての使用であり、その使用期間も登録時まで五年にみたないこと、(ニ)、広告媒介による宣伝使用は登録時まで二年にみたないこと、などの諸点からみて、商標法第三条第二項に規定するような長年使用された結果取引者・需要者一般が原告の業務にかかる標識として認識できるものとしての識別性を登録査定時までにそなえていたものとは到底認めがたい。従つてこの点に関する判断も相当である。
三結び
そうすると、本件審決には原告の主張するような判断の誤はないから、本訴請求は失当として、棄却せざるを得ない。よつて、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(古関敏正 宇野栄一郎 舟本信光)
別紙〈省略〉